ワールドカップの優勝回数は、トップのブラジルに次ぐ4回の優勝を誇るサッカー強豪国、イタリア。
カルチョと呼ばれるイタリアサッカーにおいて、もっとも理想とされるスコアは「1-0」です。
サッカーの試合では、点の取り合いになった方が試合が盛り上がるなんて意見もありますが、独自の価値観を持つイタリアサッカーにおいては、多くの得点よりも「失点をしないこと」が最優先事項なのです。
テレビ中継では「ディフェンスの強い国」「カテナチオと呼ばれる守備陣」といったセリフを必ず耳にしますが、そこにはイタリアという国が重ねてきた歴史が大きく関わっていたのです。
そこで今回は、イタリアサッカーがディフェンスに重きを置いた戦術をとる理由とともに、アズーリの愛称で親しまれる代表チーム、さらには国内リーグのセリエAの特徴をまとめていきます。
今回のキーワードは、「戦術家」です。
カルチョの哲学を堪能していただきましょう。
サッカーの母国・イングランド編はこちらからどうぞ。>>>イングランドサッカーの特徴「キック&ラッシュ」。そのルーツに迫る
イタリア代表のワールドカップの成績
はじめに、ワールドカップにおけるイタリア代表のこれまでの成績を振り返ってみましょう。
開催年 | 成績 | 出場国数 |
---|---|---|
1930 | 不参加 | 13 |
1934 | 優勝 | 16 |
1938 | 15 | |
1950 | グループリーグ敗退 | 13 |
1954 | 16 | |
1958 | 予選敗退 | |
1962 | グループリーグ敗退 | |
1966 | ||
1970 | 準優勝 | |
1974 | グループリーグ敗退 | |
1978 | 4位 | |
1982 | 優勝 | 24 |
1986 | ベスト16 | |
1990 | 3位 | |
1994 | 準優勝 | |
1998 | ベスト8 | 32 |
2002 | ベスト16 | |
2006 | 優勝 | |
2010 | グループリーグ敗退 | |
2014 | ||
2018 | 予選敗退 |
イタリア代表は1934年、自国開催の第2回大会から参加していますが、初参加にしていきなり優勝、続くフランス大会をも制して2連覇を達成しています(ワールドカップ連覇は今のところ1934年・1938年のこのイタリア代表と、1958年・1962年のブラジル代表だけ)。
そこから5大会はグループリーグの突破すら叶わない暗黒の時代が続きましたが、1970年~2006年まではサッカー強豪国と呼ぶにふさわしい実績を残してきました。
しかし2010年、2014年と2大会連続でグループリーグ敗退、2018年大会にいたっては実に60年ぶりにワールドカップの出場を逃しています。
優勝4回、準優勝2回という輝かしい成績の裏に見える2006年以降のイタリア代表の失墜。
いったい、今のイタリア代表に何が起きているのでしょうか。
その謎を解くためにも、まずはイタリアのサッカースタイルを詳しくご紹介していきましょう。
イタリア・カルチョの持つ美学
日本で有名なイタリア人で真っ先に思いつく人物と言えばそう、「パンツェッタ・ジローラモ」です。
陽気でチャラくて、でもお洒落でシュッとしたダンディなおじさんです。
意外かもしれませんが、日本人が抱くそんなイタリア人のイメージとは対照的に、対戦相手を徹底的に分析する周到さを持っているのがイタリアのサッカースタイルなのです。
しかし、そのギャップはどこで生まれるのでしょうか。
その特徴を見ていきましょう。
カテナチオの意味
カルチョと呼ばれるイタリアサッカーの代名詞は、なんと言っても「カテナチオ」です。
カテナチオとは、もともと1950年代にイタリアで生まれた戦術で、スイーパー[sweeper]を置いたディフェンスの陣形を比喩表現したものでした。
スイーパーという名称を聞きなれない方も多いと思うので、動きを図で表すとこのような形になります。
SW(スイーパー)の役割ですが、ディフェンス時は黄色で示したように相手FW(フォワード)をマークするCB(センターバック)の後ろでカバーに入り、オフェンス時は赤で示したようにCBよりも前に出て攻撃参加に入ります。
現在のサッカーでは、オフサイドトラップを仕掛ける都合上、ディフェンスラインは綺麗に1列に並ぶのが定石であり、スイーパーというポジションを初めて知った方も多いと思いますが、この当時のイタリア国内では流行した陣形です。
カテナチオとはイタリア語で「かんぬき」という意味を持っており、CBの後ろでSWが左右に動く様子(黄色の動き)から、このフォーメーションをカテナチオと呼ぶようになったのです。
その語源から、現在では「ゴールに鍵を掛けたような堅牢なディフェンス」という意味合いも含むようになりましたが、その堅牢さは今のイタリアサッカーにもしっかりと継承されています(現在のUEFAチャンピオンズリーグ無失点記録は、イタリアの名門クラブ・ユヴェントスが16-17シーズンに達成した6試合連続)。
「1-0の美学」とも形容されるそのサッカーの特徴は、ディフェンス時はスペースを埋めて相手の長所を消し、オフェンス時は最少人数によるカウンターアタックで点を取るという、常に勝つことを大前提にした結果重視の戦術のもとに成り立っています。
戦術家大国・イタリア
イタリアと言えば、世界でも有数の戦術家大国です。
というのもその昔、イタリアは複数の小国に別れていた時代があり、19世紀に起きたイタリア統一運動によって現在の領土の形になったという歴史があります。
その当時、特に北部では隣接する外国からの侵略を受ける事が多く、争いが頻繁に起きていました。
勘のいい方ならもうお気づきだと思いますが、そこで必要になるのが「戦術」です。
敵軍の戦力や攻め方、そして弱点などを様々な角度から分析し、戦略を練りに練って戦いに備えますが、そういった争いで何より重要なのは勝利するという「結果」です。
なぜなら、戦において負けは死に直結するからです。
相手の侵入を決して許さず、無失点に抑えるという「勝ちにこだわった」イタリアサッカーの戦術は、そういった歴史的背景があったからこそ生まれたのです。
- ジョバンニ・トラパットーニ
- アリゴ・サッキ
- マルチェロ・リッピ
- ファビオ・カペッロ
- クラウディオ・ラニエリ
- カルロ・アンチェロッティ
- ロベルト・マンチーニ
- マッシミリアーノ・アッレグリ
- アントニオ・コンテ
あげればキリがないほど世界的に著名な監督、すなわち戦術家を生み出し続けるイタリア。
サッカーというスポーツにおいて、戦術を研究する文化がここまで浸透したのは、イタリアという国の歴史を考えれば必然だったと言えるでしょう。
ファンタジスタの存在
そんな結果重視のカテナチオで欠かせないものと言えば、ファンタジスタの存在です。
凡人には思いもつかないひらめきと巧みなボールさばきによって、相手ディフェンスを一人で翻弄してしまう選手はそう呼ばれ、惜しみのない賛辞を贈られてきました。
ジャンフランコ・ゾラ、アレッサンドロ・デル・ピエーロに、フランチェスコ・トッティ。
なかでも、ファンタジスタと呼ばれた彼らの元祖は、ロベルト・バッジオです。
サッカーをよく知らずに見ていたど素人の僕でも、1994年のワールドカップアメリカ大会で見た彼のプレーには衝撃を受け、今でも唯一無二の尊敬する人物です。
予測のつかないプレーで観客を魅了し、勝利という結果でチームを満たしてくれる彼らはイタリアサッカーに欠かせない貴重な存在でした。
しかし、現在は前線から最終ラインが非常にコンパクトに保たれる戦術が主流になり、全員攻撃・全員守備のトータルフットボールが深く浸透したため、攻撃のみに特化したスペシャリストである「ファンタジスタ」が生まれづらくなったのではないかと感じています。
イタリア国内リーグ・セリエAの特徴
創設は1898年、120年の歴史を持つイタリア国内のプロサッカーリーグはセリエA(セリエ・アー)と呼ばれ、ヨーロッパカップ戦の常連であるインテル、ミラン、ローマにラツィオ、そしてユヴェントスという名門クラブが名を連ねます。
イタリア・セリエAとFFP
2011年、UEFA・ヨーロッパサッカー連盟がFFPという制度を導入します。
FFPとは、ファイナンシャルフェアプレーの頭文字をとったものです。
FFPを簡単に説明すると、赤字経営はダメですよということです。
収益と支出のバランスを健全化し、例えば収益の少ないチームのオーナーがポケットマネーで優秀な選手を買いまくるなんてことが禁止になりました。
その結果、インテル・ミラノ、ACミランという「ミラノを本拠地にした2つのクラブ」はすっかり弱体化してしまい、現在のセリエAはユヴェントスの1強時代が到来しています。
国際大会の成績ですが、FFPの影響をもろに受けたUEFAチャンピオンズリーグの常連インテル&ミランは姿を消し、現在ではナポリやローマなどが出場するようになりました。
しかし、その2クラブでは他国のビッククラブに歯が立たず、近年のUEFAチャンピオンズリーグにおけるイタリア勢クラブチームは実質、ユヴェントスが孤軍奮闘で他国に立ち向かっているといった状況です。
さらに、観客動員数について調べてみると、意外な結果を目にしました。
2018年現在、イタリアセリエAの観客動員数は、メキシコのリーガMX、インドのスーパーリーグに次いで6位となっています。
参考記事>>>サッカー選手の年俸ランキングから見える日本のスポーツ事情
かつて世界最高峰とまで言われたリーグがここまでの状況になっているとは思いもしませんでしたが、ここでイタリア・セリエAの試合の特徴を3つご紹介します。
- 発煙筒によって霧が発生しがち
- ピッチコンディションがよくないスタジアムが多い
- 攻守の切り替えが遅くもっさりした試合展開が多い
発煙筒が焚かれ、霧のように白い煙に包まれているスタジアムはカルチョらしさ溢れる光景ではありますが、純粋にサッカーを見たい人にとっては「ただただ見づらいだけ」にもなってしまいます。
攻守の切り替えに関しては、僕自身がスピーディーな展開のサッカーが好きなので気になっているだけなのかもしれませんが、イメージとしては「ボールを奪ったらすぐカウンター!」ではなく、「じゃあ今度は僕らの番ですよぉ」と言わんばかりの流れが多い印象を受けます。
こういったネガティブな要素が多いため、正直セリエAは以前からあまり好んで見てはいません。
イタリア代表のサッカースタイル
現在のセリエAは上述の通りいまひとつの人気ですが、イタリア代表においては、2006年までのワールドカップで安定した好成績を残してきました。
お互いがカテナチオなセリエAの試合とは異なり、ワールドカップの舞台で見るイタリアのカテナチオはもはや芸術的で、スペクタクルなサッカーを好む僕でも、つい見とれてしまうほど質の高いディフェンスを披露してくれます。
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロを代表とする芸術家や、ローマのコロッセオ、ピサの斜塔など、歴史的建造物が多く残されている「芸術の都・イタリア」ならではの美学を感じさせてくれるサッカーと言っていいでしょう。
ただし、前半にもお話ししたように、イタリア代表は直近の3大会で好成績を収められていません。
その原因は、以下の2つが考えられます。
- ファンタジスタの欠落
- ライバルのカテナチオ化
先ほどお話ししたように、現在のイタリア代表には、トッティ以来ファンタジスタの名にふさわしい攻撃に特化したスペシャリストはいません。
そしてもうひとつ、現代サッカーの進化の過程を見てみると、特にディフェンス技術の向上には目を見張るものがあります。
このことから、近年のイタリア代表の不振の原因は、ファンタジスタの不在による得点力不足、そして、ライバル国のディフェンスのレベルアップによって「ディフェンスの強い国」としての優位性を保てなくなったという2つの問題が考えられます。
これらの原因が解決しない限り、少なくともワールドカップの決勝の舞台でアズーリ(イタリア代表の愛称)を見るのは当分先になるのかもしれません。
最後にちょっと小話を。
2014年南アフリカ大会において、中盤の底でレジスタとして長短のパスを操り、チームを自由自在にコントロールしていたアンドレア・ピルロが指揮者に見えたのは僕だけでしょうか。
イタリアにはピッチ内にも芸術家がいたのです。
まとめ
イタリア・カルチョのサッカースタイルをまとめます。
- カテナチオの意味はかんぬきでスイーパーの動きが語源
- 争いが多かった歴史により戦術文化が浸透
- ピルロは芸術家、ジローラモは楽天家
カテナチオと呼ばれる結果重視の戦術で好成績を残し、ワールドカップ優勝4回を重ねてきたサッカー強豪国、イタリア。
しかし近年、国内リーグの人気下降とともに「敗退」が続く代表チーム。
その1番の「売り」だったディフェンスをどう進化させるのか、そして新たなファンタジスタは現れるのか。
でも、イタリアならきっと頂点に返り咲くことができるはずです。
なぜなら、「戦術家大国」なのですから。
次回は情熱の国、スペインです。>>>スペインサッカーの特徴・「情熱の国」はサッカーにも情熱的だった