いきなり言い切ってしまいますが、現代サッカーを知るうえで必ず覚えておくべき要素が「トータルフットボール」です。
1970年代、それまでフォワード、ミッドフィールダー、ディフェンダーが分離していたサッカーに革命が起こされ、それはいまなお進化を続けています。
そこで今回は、トータルフットボールを生み出したオランダサッカーの歴史を振り返り、どのようにして現代サッカーへ影響を与えたのか、またその戦術の特徴とはなにかをまとめました。
この記事を読むことで、トータルフットボールの概要を把握し、新たな発見ができるはずです。
前回のドイツ編はこちらからどうぞ。>>>ドイツサッカーの特徴・ヒントは「メルセデス」と「ゲルマン魂」。
オランダ代表のワールドカップの成績
開催年 | 成績 | 出場国数 |
---|---|---|
1930 | 不参加 | 13 |
1934 | 1回戦敗退 | 16 |
1938 | 1回戦敗退 | 15 |
1950 | 不参加 | 13 |
1954 | 16 | |
1958 | 予選敗退 | |
1962 | ||
1966 | ||
1970 | ||
1974 | 準優勝 | |
1978 | ||
1982 | 予選敗退 | 24 |
1986 | ||
1990 | ベスト16 | |
1994 | ベスト8 | |
1998 | 4位 | 32 |
2002 | 予選敗退 | |
2006 | ベスト16 | |
2010 | 準優勝 | |
2014 | 3位 | |
2018 | 予選敗退 |
オランダ代表の最初の黄金期は、ともに準優勝を収めた1974年と1978年のワールドカップです。
この頃のオランダ代表が好成績を収めることができたのは、何を隠そうトータルフットボールのおかげだったのです。
さらに直近では、2010年南アフリカ大会で準優勝、続く2014年ブラジル大会で3位を収めており、優勝経験こそないものの、3度の決勝進出を含めた成績を見れば、オランダ代表は充分にサッカー強豪国に値する国だと言えるでしょう。
次の章では、オランダがサッカー界に提唱したトータルフットボールを掘り下げてご紹介します。
トータルフットボールの確立と進化
トータルフットボールを確立したクラブ・アヤックス
国の総人口は東京都(1386万人)より少し多い程度の1700万人というオランダ。
しかし、現代サッカーには欠かせないものを生み出した「超小国」の功績は実に偉大です。
1970年代前半のオランダの名門クラブ・アヤックスの黄金期、さらに1990年代前半のスペインの名門クラブ・FCバルセロナの黄金期の中心には、オランダ人がいました。
ヨハン・クライフ(1947~2016)です。
アヤックスでは選手として、FCバルセロナでは監督として、彼が現代サッカーに残した功績が「トータルフットボール」という戦術です。
それまでのサッカーでは、選手は試合中に大きくポジションを変えることはせず、各ポジションにいる選手の閃きやセンス、単純な身体能力やテクニックによるものを主体としてゲームが組み立てられていました。
守備はディフェンス陣が担当、攻撃はオフェンス陣が担当し、基本となるポジションを崩さない形です。
一言でいえば、「個の力」に頼ったサッカーです。
しかし、トータルフットボールでは、オフェンス時には複数の選手が流れるようにポジションチェンジを繰り返し、空いたスペースを有効活用することで相手守備網の隙をつきます。
ディフェンス時には、複数の選手が連動してフォアチェックやオフサイドトラップを行い、積極的にボール奪取を行います。
これは、言い換えれば「全員攻撃・全員守備」と呼ばれるものですね。
1970年代、ヨハン・クライフが中心選手となってその戦術を確立し、アヤックスは5シーズンで4度UEFAチャンピオンズカップ(現・UEFAチャンピオンズリーグ)の決勝へ進み、その4度のチャンスの中で3連覇という偉業を成し遂げ、アヤックスの黄金期を構築したのです。
トータルフットボールのフォーメーション
トータルフットボールという戦術におけるベースフォーメーションは「3-4-3」あるいは「4-3-3」です。
3バックシステムの「3-4-3」
まずは「3-4-3」をご覧ください。
その大きな特徴は、前線でタッチライン際に張り付くようにウィンガーを配置していることです。
というのも、トータルフットボールという戦術において、スペースの活用法は最重要事項です。
スペースを有効に使うためにはどうしたらいいのか。
そこでオランダ代表監督であるリヌス・ミケルスが考え出したのが、人が集まりやすいゴール正面よりも、サイドの空いているスペースを活用する方法だったのです。
ですから、次にご紹介する4バックのフォーメーションでも同様に、トータルフットボールにおける両ウィンガーの存在は最大の特徴であり、強みとなります。
4バックシステムの「4-3-3」
次に「4-3-3」です。
このフォーメーションは、場合によって「4-1-2-3」とも表現されます。
3バックでもお話したように、こちらもやはり両サイドのタッチライン際にウィンガーを配置。
そして中盤はトップ下がいない逆三角形の配置をとります。
このように、ディフェンスの枚数は異なっていますが、全員攻撃・全員守備という本質はもちろん変わりません。
ドリームチームを生み出したトータルフットボール
フィールドの中に三角形を次々に形成していき、極限までポゼッションを高めることで試合を支配する。
ポゼッションが高まれば常に自分たちのペースで試合を進めることができ、相手に攻撃される時間を減らすことにもつながる。
ただし、その戦術を実行するには高い技術・判断力・集中力が求められるため、いわばストロングスタイルの戦術と言えます。
「攻撃は最大の防御」というやつですね。
現代サッカーではディフェンスの技術が著しく向上し、ゴール前の危険なスペース=バイタルエリアはスペースが埋められ、そう簡単には攻略させてもらえません。
例えばメッシのような「特別な選手」がチームに何人かいれば実現できるかもしれませんが、その状態を維持するのはとても難しいことですからね。
そして、アヤックスとオランダ代表が確立した戦術を継承し、進化させたのがスペインの名門・FCバルセロナです。
1988年、選手時代に中心人物だったヨハン・クライフが監督に就任し、戦術の浸透には多少の時間を要したものの、8シーズンの中でリーガ・エスパニョーラの4連覇、UEFAチャンピオンズカップ優勝も達成し、ここでもトータルフットボールがクラブチームの黄金期を構築することになるのです。
クライフがバルセロナで黄金期を築いたこの時代のバルセロナは「ドリームチーム」と呼ばれ、多くのコンペティションを制し、たくさんの人々を魅了しました。
その中軸を担っていた選手が「ジョゼップ・グアルディオラ(愛称はペップ)」です。
このスペイン人は選手としてトータルフットボールを体現し、クライフの思想を受け継いで、後に世界に名をとどろかす監督になっていくのです。
トータルフットボールの最新版「ジョゼップ・グアルディオラ」
ペップ・グアルディオラの監督成績
ペップは2008-09シーズン、FCバルセロナのリザーブチームであるFCバルセロナBの監督を経て、トップチームの監督に就任します。
当時37才、指導者としてはまだまだ経験の浅いペップでしたが、就任1年目にしてリーグでは歴代2位となる105得点を挙げ優勝、国内カップ戦のコパ・デル・レイ優勝、さらにはUEFAチャンピオンズリーグの優勝と、スペインサッカー史上初の3冠を達成。
こうして、ペップの監督キャリアは鮮烈なスタートを切ったのです。
では、ここでペップの成績を振り返ってみましょう。
シーズン | 獲得タイトル | 所属クラブ |
---|---|---|
08-09 | リーグ、コパ・デル・レイ、UEFAチャンピオンズリーグ | FCバルセロナ |
09-10 | リーグ、スーペル・コパ・デ・エスパーニャ、UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ | |
10-11 | リーグ、スーペル・コパ・デ・エスパーニャ、UEFAチャンピオンズリーグ | |
11-12 | スーペル・コパ・デ・エスパーニャ、UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、コパ・デル・レイ | |
12-13 | 休養 | |
13-14 | リーグ、UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、DFBポカール | バイエルン・ミュンヘン |
14-15 | リーグ | |
15-16 | 休養 | |
16-17 | マンチェスター・シティ | |
17-18 | リーグ、カラバオカップ | |
18-19 | リーグ、カラバオカップ、FAカップ、コミュニティシールド |
現在、ペップ・グアルディオラは監督として9シーズン指揮し、そのうちの実に7シーズンでリーグ優勝を達成しています(~18-19)。
さらに特筆すべきは、その内容が最多勝ち点や連勝記録など、まさに圧倒的な強さを見せつけた優勝が多いことです。
そんなペップが披露するサッカーを見ていると、随所に独自の哲学を感じ取ることができます。
ペップ・グアルディオラの戦術と選手の起用法
ペップサッカーの本質とも言える戦術は「ポジショナルプレー」です。
ポジショナルプレーでは、「大柄なセンターフォワードを配置してサイドからヘディングで勝負させる」といったようなフィジカル重視のアプローチはせず、あくまでもショートパスを主体とします。
そのため、自らのゲームプランの理想形に近づけるよう、足元の技術に長けた戦術理解度の高い小柄な選手を重宝しています。
ペップのチームでは、190cm前後の大柄な選手はせいぜいセンターバックに2人入る程度で、中盤から前線は170cm前後から180cmくらいの小柄な選手が中心となります。
さらに、足元の技術を求められるのはフィールドプレーヤーだけではなく、ゴールキーパーにも及びます。
例えば、ペップ就任前のマンチェスター・シティでは、正ゴールキーパーをジョー・ハートが務めていました。
イングランド代表の正GKを務めるほどの実力者でしたが、ペップ就任後は開幕戦から起用されることはなく、その後チームを去ることとなります。
ですから、ポジショナルプレーの実現には、選手起用にも独自の思想を落とし込む必要があるのです。
ペップ・グアルディオラと規律
ペップと言えば、チームの規律についても独自の考えを持っています。
試合中のポジションなどの決まりごとはもちろんですが、ピッチ外においても遅刻や食事制限について厳しく規定を設けているそうです。
ペップ監督が「罰則規定カタログ」を作成、練習遅刻は罰金約82万
サッカーキング
ポジショナルプレーの魅力
ペップが独自に持つスタイルは、選手起用以外にも例えば「5秒ルール」や「5レーン」、「偽サイドバッグ」などがありますが、すべてはポジショナルプレーを実行するための手段のひとつに過ぎません。
彼らは監督のコンセプトを深く理解し、状況を見極めて正確に把握・判断をし、常に自分が今とるべきポジションを考え続け、そのアイディアを周囲と共有してゲームを展開します。
これらの規律の効果により、ペップの率いるチームは常にボールポゼッションが高く、対戦相手はゴール前にバスを2台並べて、ハーフコートゲームのような展開になるケースがよく見られます。
そういったしっかりと引いた相手に対し、ペップの率いる選手たちは流動的にポジションを変え、パスコースを生み出し、わずかなスペースを見いだしてゴールに迫るのです。
そこにはまるで、チェスや将棋を見ているかのような楽しさがあります。
独自の理論により、9シーズンで7度のリーグ優勝を果たしたペップ・グアルディオラのサッカー。
そのベースは、クライフから引き継いだトータルフットボールであり、それは言い換えれば、現在進行形で更新を続けている「トータルフットボール最新版」であると言えるでしょう。
アヤックスが築いた育成システム
オランダがサッカー界に与えた産物のもうひとつは、「アヤックス・ユースアカデミー」というサッカー選手の育成組織です。
アヤックス・ユースアカデミーは1985年、アヤックスのテクニカル・ディレクターに就任したヨハン・クライフによって設立されました。
この組織の育成方針は後に様々なクラブに取り入れられ、世界最高峰の育成組織として広く知られていくことになります。
有名なアカデミー出身者をあげてみましょう。
- エドウィン・ファン・デル・サール
- フランク・デ・ブール
- ロナルド・デ・ブール
- エドガー・ダーヴィッツ
- クラレンス・セードルフ
- デニス・ベルカンプ
- パトリック・クライファート
- マールテン・ステケルンブルフ
- ラファエル・ファン・デル・ファールト
- ウェズレイ・スナイデル
- ヨン・ハイティンハ
- ナイジェル・デ・ヨング
- トーマス・フェルメーレン
- ヤン・フェルトンゲン
- トビー・アルデルヴェイレルト
- ライアン・バベル
- クリスティアン・エリクセン
- デイリー・ブリント
主に代表やクラブチームで活躍した(している)アカデミー出身選手をピックアップして並べてみましたが、そうそうたる面々ですね!
このアカデミーの教育方針で特に面白いと感じたのは、簡単に言うと「怒らないこと」だそうです。
いわゆる「褒めて伸ばす方針」をとり、縛りつけないことで、感性や個性、自律心を育てることにつながるという理論のもとに成り立っているそうですよ。
まとめ
イタリアサッカーが「1-0の美学」なら、オランダサッカーは「5-4の美学」なのです。
スペクタクルなサッカーを愛してやまないFCバルセロナのサポーター「バルセロニスタ」が迎え入れたオランダの哲学は、現代サッカーに大きな影響を及ぼし、進化を続けています。
EURO2008、2010年ワールドカップ、EURO2012と、主要国際大会で初の3連覇を成し遂げたスペイン代表のベースにあったのは、オランダ人ヨハン・クライフが確立した戦術「トータルフットボール」です。
スペイン、ドイツ、イングランドという欧州屈指のリーグにおいて、9シーズンで7度のリーグ優勝を果たしたペップ・グアルディオラの哲学の根源もやはり、「トータルフットボール」です。
サッカーを楽しむこと。
個性を伸ばす教育方針。
そのベースがあるがゆえに、時にはわがままな言動で秩序が乱されることもあり、今のところはワールドカップ優勝経験のないオランダ代表。
ただし、彼らが規律を重んじてチームが団結し優勝できるとしたら、この上ないスペクタクルなサッカーで世界を魅了することでしょう。
次回は、王国・ブラジルです。>>>ブラジルサッカーが強い理由は文化・国民性・輸出大国の3つである。